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エンジニア サティスファクション

とは。
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 先日オブザーバーとして出席したとあるモデルの開発ミーティングで聞いた一言。開発初期とは言え、その現状は芳しくなく、競合他モデルに対して秀でたところが何一つ無い。解決策も迷走気味。新技術織り込みの進捗状況ばかりが声高に語られていたので、いささか閉口したのだが、この状況を見事に表現したのが今日のエントリーの表題。簡単に言ってしまえば自慰行為に等しい。

 誰のための技術であるか、という視点が完全に欠落したまま、その技術を採用する、採用に際しての困難を克服することに意味を見いだしており、その結果コンシューマーが享受できるメリットを量れないまま”新技術”を押し売りする。確かに、”それ(新技術、新機構)がついていること”がウリになった時代もあった。

”なんだかわからんが最新技術” に惹かれたり
”カタログスペック至上主義” であったり。

 技術最前面主義という土俵では比較対照を容易に得られるため作り手(売り手)、買い手の両方がその価値観を安易に共有できた。

 それを求める客層に対して、技術 (それが疑似科学であっても、本物の最新技術であっても) をウリにする、競合他製品よりもスペックが(たとえそれがたいして意味のない数字であっても)上であることこそが製品を作り出す多くの日本メーカーのビジネスモデルであり、それで成功してきたことは疑い無い事実である。

 しかし。

 そろそろ、技術はその存在感を消すべきだ、と思う。枯れた、あるいは最新の技術はモノを作り出すための手段でしかないし、そうならなければならない。最前面に出してウリにしよう、など愚の骨頂。競合に対して十分なアドバンテージになるほどのビッグジャンプは成熟市場ではあり得ない。

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